横浜地方裁判所 昭和49年(モ)2791号 判決 1975年8月19日
債権者(選定当事者)
吉岡至剛
右選定者
(省略)
右訴訟代理人
増本一彦
外三名
債務者
池上通信機株式会社
右代表者
高橋信一
右訴訟代理人
成富安信
外一名
主文
本件訴訟は昭和五〇年五月一二日本件仮処分申請の取下によつて終了した。
債務者の昭和五〇年六月二日付書面による口頭弁論期日指定申立後の訴訟費用は債務者の負担とする。
事実
債務者訴訟代理人は、昭和五〇年六月二日付訴取下異議申立書と題する書面をもつて、本件訴訟につき口頭弁論期日の指定を求める旨申立て、その事由として、本件については、同年五月一二日、債権者訴訟代理人より裁判所に対し、仮処分申請を取下げる旨の同月一〇日付書面が提出され、これによつて訴訟は終了したものと扱われているが、右取下は債務者の同意がないから効力を生ずるに由なく、従つて、本件訴訟は未だ終了していないので、ここにその手続を進行するため口頭弁論期日の指定を求めると述べた。
債権者訴訟代理人は、債務者訴訟代理人主張の取下について債務者の同意のないことは認めるが、しかし、仮処分申請の取下に債務者の同意は不要であり、本件訴訟は右取下によつて終了している、と述べた。
当裁判所は、弁論を、本件訴訟が仮処分申請の取下により既に終了したか否かの点に制限した。
理由
一債権者訴訟代理人が、昭和五〇年五月一二日、当裁判所に対し本件仮処分申請を取下げる旨の同月一〇日付書面を提出したことは記録によつて明らかであり、そして、右取下につき債務者の同意のないことは同訴訟代理人の自陳するところである。
二保全訴訟において、債権者は、保全処分決定に対する債務者からの異議申立前はいうまでもなく、異議申立後も、同訴訟に準用される民事訴訟法二三六条一項により保全処分の申請を取下げることができることはいうまでもない。ところが本件においては、昭和五〇年三月四日の第一回口頭弁論期日に本案につき弁論がなされたのち、前記の如く債権者による申請取下がなされたので、このような場合、同条二項もまた保全訴訟に準用されて申請取下に債務者の同意を要することになるか否かが問題となる。
民事訴訟法二三六条二項が、同項の場合において訴の取下に被告の同意を要する旨規定しているのは、本案につき裁判所の判断を得た場合に被告が受けるべき利益を保護するためであり、その利益は、本案判決の有する既判力に由来する権利関係の確定と再訴の禁止にあると考えられる。従つて、終局判決にこのような効果のない訴訟手続においては、相手方の保護の必要がないから、右規定を準用することはいたずらに訴訟手続を進行させて裁判所に無益な判断を強いることになるのみであつて、合理性を欠くといわねばならず、このような場合には右規定の準用はないと解するのが相当である。
保全訴訟においては、口頭弁論が開かれた場合にも、その終局判決は被保全権利の存否につき既判力を有しない。申請却下の終局判決が確定しても、わずかに、同一の被保全権利と必要性に基づく再度の申請についてのみ申請の利益の有無が論ぜられるに至るに過ぎない。しかも、保全の必要性は事情の変化により変動が大きいから、そのような終局判決のもつ再申請禁止の効力は弱いといわざるをえない。そうすると、保全訴訟の終局判決によつて債務者が受けるべき利益は極めて薄く、その利益の保護のため申請取下の効力を債務者の同意の有無にかからしめる制度上の要請は少ないというべきである。
また、既に発せられた保全処分決定は、債権者の申請取下により失効し、債務者は、右取下を証する書面を執行機関に提出して執行の取消を求めることができ、さらに債権者が担保として保証を提供している場合には、その保証は債務者の蒙つた損害の担保として存続するから、この点でも債務者の同意のない保全処分申請取下に訴訟終了の効果を認めても、債務者の保護に欠けるところはない。
以上の諸点に鑑みれば、保全処分申請の取下には、民事訴訟法二三六条二項を準用すべき理由はなく、申請の取下は、債務者の同意がなくても訴訟終了の効果を有すると解するのが相当である。
三そうすると、債務者訴訟代理人の異議があつても、債権者訴訟代理人が昭和五〇年五月一二日当裁判所に対して提出した書面による本件仮処分申請の取下は、直ちにその効力を生じ、本件訴訟は、同日終了したものといわねばならない。
よつて、債務者訴訟代理人の期日指定の申立は失当であるから、本件訴訟は終了した旨の終局判決をなすべきものとし、かつ、前記口頭弁論期日指定申立後の訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条、九五条を適用し、主文のとおり判決する。
(中田四郎 江田五月 清水篤)